高齢者が楽しく買い物できる環境を!買い物リハビリテーションの可能性とは?

家にいながら日用品や食品まで買い物ができる時代。

ネットスーパーの利用者は年々増えており、コンビニの宅配サービスでは利用者のうち高齢者が6割を超えるという。どうやらコンビニは、かつての日本でみられた"御用聞き"としてのポジションを確立しつつあるらしい。

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たしかに超高齢化社会に突入した今、体が不自由だったり、交通手段が少なかったり、最寄りのお店までの距離が遠いなどの理由で買い物が困難になっている”買い物難民”が存在する。そういった方々を救うという点では時代が求めているサービスと言えるだろう。

しかし、リハビリテーションの視点で考えると、この流れをすべての高齢者が無条件に享受するのは、あまりよろしくないと考えている。その理由は、高齢者にとっての買い物は、単純に物を得るだけのものではないからだ。

どういうことなのか?では、買い物が高齢者にどのような影響を与えるのかを挙げてみよう。

買い物が身体動作に及ぼす影響とは?

買い物と言えば、当然歩きまわる必要がある。人間にとって歩く事が重要なのは論じるまでもないが、本来、歩く事は目的の為に存在する。ということは、これまた当然ではあるが、買い物時の歩行は買い物という目的の過程で歩くのである。高齢になると運動不足解消を目的とした散歩や運動の時間をわざわざとる事が多いが、買い物に行く習慣があれば、買い物をしている間に自然と歩行距離が延びる為、"運動をしなきゃいけない"という精神負担が少なく時間効率もよいのである。

また、買い物時は刻々と変わる状況変化に対しても柔軟に対応しなければならない。身体機能や買い物量に応じたカゴやカートを選択する。多くの人とすれ違う。商品に手を伸ばす。商品をカゴ(カート)に入れる。徐々に増えていく商品で重量が変化するカゴ(カート)をうまく取り扱う。細かいお金のやりとりを行う。普段私たちが当たり前にしている動作は多くの持久力やバランス能力、巧緻動作を必要とする。これを買い物という目的の中で自然と行うのだ。「単純に便利だから」という理由で宅配だけを選択した場合、こういった生活動作が失われる。その結果、一日の活動量低下をまねき、ロコモティブシンドロームにもつながるのだ。運動習慣がない人ならなおさらである。

なお上記で挙げた内容の一部は、屋外活動と身体機能の関連性を調査した論文でも実証されている。

高齢者の日常生活内容と身体機能に関する研究
島田 裕之1) 2), 内山 靖3), 加倉井 周一2)
1) 老人保健施設二ツ箭荘 2) 北里大学大学院医療系研究科 3) 群馬大学医学部保健学科
日本老年医学会雑誌:Vol. 39 (2002) No. 2 P 197-203

買い物が精神心理、認知機能に及ぼす影響とは?

自分の目で直接商品を比較し、選び、欲しいと思うものをカゴに入れる。ワクワクするような買い物の楽しさを感じたことは誰しもあるのではないだろうか?その高揚感が気持ちを明るくさせる。また、身体面でも挙げたが金銭のやり取りは認知機能面の維持向上に寄与する。そして、買い物には会話がつきものである。店員に対しては、商品を探している時。棚が高くてとれないものがある時。商品の違いを聞きたい時。同じ地域の仲間とは、休養スペースで他愛のない話。会話は相手がいてこそ可能であり、言語、表情、声のトーン、雰囲気、さまざまな要素の相互理解を持って成立する。これを感じとる時の脳の活動量は、独り言をつぶやいたり、話に頷くだけの人を相手にするのとは雲泥の差であり、家での会話が少ない高齢者には認知症予防としても有用だ。加えて、買い物を通じた地域コミュニティの形成としても有用である。これに関しては、下記の論文も参考にしてほしい。

買い物行動における「楽しさ」に影響を及ぼす要因に関する研究
鈴木春菜・中井周作・藤井聡
土木計画学研究・論文集,Vol.27,No.2,pp.425-430,2010

高齢者の為のショッピングカート「楽々カート」

この買い物による効果に着目し、高齢者の疲労感を軽減しながら、楽しくショッピングセンターで買い物ができるように取り組む会社も出てきている。そのひとつが作業療法士 杉村卓哉氏が代表を務める鳥取県の「光プロジェクト株式会社」だ。

杉村氏は、医療、介護の現場である病院や施設で働いていた際に、筋力の低下や関節の痛みで歩けなかった高齢者が、医療用歩行器を使う事でスイスイと歩いている光景を目の当たりにしてきた。一方で同時期に、スーパーでショッピングカートに寄りかかりながらつらそうに買い物をする高齢者の姿をみかけたという。スーパーのショッピングカートは商品を運ぶものである。身体を支えるには不十分であり、安全面も心もとない。この時、医療用歩行器でスイスイ歩く高齢者とショッピングカートでつらそうに歩く高齢者。二人の高齢者の姿が杉村氏の頭の中で重なった。

「たくさんの人がもっと長い距離を歩きながら買い物を楽しめるようになってほしい」

そう考えた杉村氏は病院を退職し、高齢者に楽しく買い物をしてもらえるショッピングカートの開発に専念した。そして、全くの異業種である工業デザイナー 山枡正樹氏、産業技術研究員 佐藤崇弘氏と組み、2011年9月多くの思考錯誤を繰り返し、肘で支える前腕支持型ショッピングカート「楽々カート」を開発したのだ。

「楽々カート」の効果とは?

人間、普段当たり前にできる事にありがたみは感じにくいものだが、その当たり前のことを一度失いかけ、再び取り戻した時の高揚感は多大なものがある。「楽々カート」を使用した高齢者もそうだ。

いつもは20メートル程度しか歩けない女性が、この「楽々カート」を使い買い物をしたところ、背筋を伸ばして歩き、商品を自分の目で見て手にとり選び、その喜びからか、買い物かごを山盛りにして買い物を楽しんだという。これが、認知症予防や介護予防に繋がらないはずがない。

また、別な視点でみると来客してもらう事が肝となる店舗型のスーパーにとっても、少なからず売上面で助けになると考えられる。購買意欲の高まった高齢者が来店することにより、売上向上に繋がる可能性がないとはいえないだろう。店舗自体に高齢者が集まることができる休憩所などあれば、回遊時間や滞在時間が長くなり、なお効果が高いかもしれない。病院の外来受付で茶飲み話をするよりずっと健康的であり精神的にも明るくなれる。

顧客年齢層が高いデパートなどで導入されれば、高齢者のおしゃれ意欲も増し購買意欲がより上がる可能性もある。特に地方にあるデパート、百貨店と言うのは日常の買い物とは違うワンランク上の空間だ。「ここでまた買い物ができる」という喜びが生まれれば、おのずと健康意識も高まるものである。

現在、鳥取県を中心に「楽々カート」の普及は進みはじめているが、まだまだ広まっているとは言えない。買い物に不自由を感じている高齢者は全国に存在する。だからといって【高齢者=ネットスーパーやコンビニ宅配で買い物】と選択肢を狭めてよいものだろうか?

「楽々カート」の存在は「高齢者に再び買い物を楽しみながら、介護予防、認知症予防も図る」という新しい選択肢を提案する。これは、高齢者が楽をする生活環境を提案するのではない。高齢者が楽しく生き生きと生活する環境を提案するのだ。

以上の事から、全国の高齢者にこの選択肢が広がる事を切に望む次第である。

参考:

act.upper.jp