地域に溶け込む新たな形!?半農半療法士とは?

奈良県桜井市。人口59,316人。高齢化率(65以上の人口)27.9%のこの街に半分農をし、半分理学療法士をするという「半農半療法士」を自称する若者がいる。※人口データ等は、桜井市役所 総務部 市民課による平成27年3月31日集計に準ずる

若者の名は、中川征士さん(23)

理学療法士について御存知ではない方もいるだろうから補足するが、理学療法士とは、病院や介護施設、もしくは居宅訪問などで、対象者の身体状態を評価し、「医学的リハビリテーション」と称される動作訓練や生活動作の助言などをする仕事だ。
その理学療法士が放置耕作地を借りて開墾し、農を始めている。普通に聞けば「余暇としてやっているんだろう」としか思わないだろうが、この「半農半療法士」の活動は、昨年11月11日に行われた「なら介護の日2014」にて、奈良介護大賞を受賞した。

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この活動が評価されたのは何故だろうか?少しひも解いてみよう。

中川さんは放置耕作地を借りて開墾を始めたのだが、そこで農をするだけでなく、地域にいる農業知識を持った高齢者に教えを請い協力を頼んだ。その一方で畑をサロン化し近隣に住む高齢者との交流の場とすることで、竹細工作りや収穫した作物を使った交流なども実施。
時には子供たちにも呼びかけ、自然体験を提供している。そうしたコミュニティを形成していき、少しずつ健康情報の発信をしているそうだ。農を通じたコミュニティの築き方は顔がみえ、実に自然で有機的である。

しかし、この活動がなぜ注目されたのだろう?

これからの日本は社会保障費負担の増加と労働人口の低下による財源不足に苦しむと言われている。それを見越して、医療保険では病院の在院日数、病床数は減らされ早期退院を求められている。一方、介護保険では、要支援者サービスの一部が自治体事業に移行し、今後は全面移行。さらには要介護1.2すらも移行するのでは?という話すらある。と、いうことはそうやって締め出された方々の過ごす場所は、他ならぬ地域となるのである。

こういった事情から地域医療の在り方が模索されているのだが、そこで注目されているのが「ソーシャルキャピタル」と「ヘルスリテラシー」だ。

ソーシャルキャピタル」とは、日本語で社会関係資本と呼ばれ、定義は様々だが最近では、人と人の助け合い(規範)、信頼関係(信頼)、近所付き合い(ネットワーク)を活性化することにより社会の効率化を図るとされる。「絆」という一言がしっくりくるかもしれない。畑での活動はどこから見ても、目に見える。つまり、顔の見える関係性ができるわけだ。中川さんは畑の前を通る人に必ず挨拶をする。そうした関わりの中で、いつしか水やりをしてくれる地域の方が出てきたり、近況報告をし合うような関係性が生まれているそうだ。

一方、「ヘルスリテラシー」とは、健康に関する情報を探し得て、それを理解、評価し、意志を持って健康の為に行動する事を指す。日本人は健康情報を多く得ているものの予防の為に行動を起こす人は少ない。健康寿命を延ばす為、運動習慣の意識をどう持たせる事ができるかが重要となる。ヘルスリテラシーが高い人は医療情報を専門家から取得する特色がある。そういう意味では地域に溶け込む医療従事者というのは地域のヘルスリテラシーを向上させるきっかけになる。実際、畑の前で医療や介護に関する相談を受けることもあるそうだ。

中川さんの活動は農を通じて地域に絆をもたらした。そして、その絆を通じて、商店街や行政にも働き掛け、地域健康講座や認知症カフェの実施や模索。医療介護職の地域参加を訴え、全国多方面からの見学・体験ツアーなども受け入れている。
結果、中川さんの活動に共感し、半農半療法士として活動する仲間や、半農半看護師も生まれ、各地で地域住民と医療介護職との距離感を縮めている。農地での医療専門職による取り組みは地域に絆をもたらし、健康意識が高まるきっかけになる。病院施設等での医療介護職が提供する患者・利用者側が受け手となる形ではなく、農や各作業を通じたフラットな関係(相互扶助)を一住民として築くことによるヘルスリテラシーの向上が図れるようになったといえる。

理学療法士とは、作業療法士言語聴覚士と共にリハビリテーションの専門家だが、従来その働き場所は医学的リハビリテーションに限局した病院、施設ありきだった。当然、世間一般的にも「リハビリ=運動」といった図式ができているだろう。
しかし、それはリハビリテーションの一端にすぎない。中川さんの活動は、生活に関わる全てがリハビリテーションであり、社会と関わり、人と触れ、生きがいを持って生きる事が本来の形なんだと気付かされる。

半農半療法士の活動。これは確実に浸透し注目を浴びつつあり、行政側も注目しているようだ。現在、多くの自治体が模索している、街づくり、社会資源の活用、世代間交流、文化の継承、人口減少、高齢化問題。半農半療法士は、これらの問題に一石を投じる活動になると私は確信している。

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